ブルーレイで急接近!
ウルトラマンHD化の意義
ウルトラシリーズは10数年前、DVD化時点でかなり良好なデジタルマスタリングが行われている。そして『ウルトラQ』は白黒35ミリフィルムが原版だが、『ウルトラマン』以後は16ミリカラーのため、画素数だけをとってみると理屈ではアドバンテージが少ない。だが、それは単なる思いこみに過ぎなかった。
HDが一般家庭にも浸透した現在の基準が適用されていることはもちろんのこと、あらためてマスタリングされたことで、また新たな発見が多々あって、ファンなら必ず嬉しくなるはずである。
今後、サンプル映像などが一般にも提示されていくと思われるが、そのときに確認すべき注目ポイントは何になるだろうか?「見た目」で良いのは言うまでもない。ブルーレイならではの24P収録であること含め、映画的な雰囲気も濃厚だ。そして筆者の第一印象をズバリ言葉にすると、「作品との距離が縮まった」ということに尽きる。
HD化というと、とかく解像度ばかりが注目されすぎだと常々感じてきた。筋金いりのマニアの間でも、細部の再現度が優先的に話題になる。しかし今回注目するならば、まずは「色彩再現と明暗階調の深さ」であると思った。
デジタルは自然な情報を数値化して「壊す」ことによってハンドリングしやすくする技術である。補正や修正も、その上で可能となる。だが、デジタル化それ自体は「良くする技術ではない」ことに留意が必要だ。一例をあげればホラー的な演出による「暗がりの中に何かよく見えない存在が見え隠れする」といった場面で、微細な明暗差が真っ黒にツブれたり、逆にはっきり見え過ぎたりするなど意図との齟齬が起きやすい。
『ウルトラマン』も空想の世界を構築している以上、この種のデリカシーを要求する映像を多用している。そして今回のHD化で色彩と階調に振り分けられるデータが圧倒的に増えたため、微妙な色のニュアンスや明暗差による演出意図がビビッドに浮きあがり、手前へ迫ってくるように感じられた。
ブルーレイで急接近!
ウルトラマンHD化の意義
たとえばウルトラマンの銀色のボディは、ウェットスーツ独特の「ぬめり」が増して感じられる。光が複雑な凹凸に合わせて思わぬ方向へ反射するときの情報量が増えたためだ。マスクの質感も微妙に異なり、ヒーローとしての神秘性が増すと同時により表情豊かになったように見える。
それは怪獣にしても同様である。表皮のディテールが豊かなのはもちろん、たとえば茶色の上に少しずつ色合いや明度の異なる茶色を塗り重ねるといった、丁寧な仕上げがより明確に判別つくようになった。ツノやツメがボディのラテックスとは異なる硬いFRP(硬化プラスチック)パーツで造型されているなど、材質の差も一瞬で伝わるし、その鋭さが「こいつに迫られたら危ない」という視覚的な危険信号を強化している。
明暗の差が明瞭となって印象が異なるのは、単体だけではない。深夜のビル内で廊下にたたずむバルタン星人の輝く目が微妙な質感をもつペンキの壁に乱反射して、本体の動きとともに黄色い光沢がうねうねと移動するのがはっきり見える。それが「バルタン星人がそこにいる」という不安な感じを増強している。
特殊潜航艇をハヤタに届けるフジ隊員を見ると、ヘルメットと手袋など各部に黒い部分があるが、それぞれゴムや皮など異なる材質であることが微妙な照り返しの違いで分かる。「いろんなメーカーから手配されたアイテムを一人の人間が制服として身にまとっている」という感覚が強化されている。
シーンごとの空気感と、奥手前の遠近差のつけ方もよく分かる。竜ヶ森湖の水は表面の波の反射と泡立ち部分との組み合わせで絶妙な立体感を覚えさせる。爆発の炎も一様なオレンジではなく重層的な輝きの中に青く完全燃焼した部分が発見できるなど、自然現象も深みを増していて、それが映像世界を生き生きと見せることにつながっている。
そんな風に、ウルトラマンの世界観にぐっと奥行きが生じたと思った。
すべてが原点、すべてが最高のバージョンアップ
奥の奥で記録された
マスターネガ情報を再現
こうした圧倒的な表現力の向上は、なぜ可能となったのだろうか? もちろん日進月歩となったマスタリング技術の進歩も重要だ。
だが、ここで強調しておきたいのは、やはりすべての原点となった『ウルトラマン』?そのマスターネガのパワフルさだ。
進んだ技術を駆使してスキャンすればするほど、そこから新たな情報が出てくるのは、当然のように思えるかもしれない。しかし……もしもネガにその情報が記録されてなければ、ないものは再現しようがない。どこかで頭打ちになるはずだ。なのに、なぜここまで奥深い情報が記録されているのか。
その秘密は「本格的カラーTV映画」としてTBS第1号作品だったことにある。当然、当時としては「カラーTV受像器普及」が優先的な使命で、「最初の第一歩で失敗はできない」という背水の陣で臨んだに違いない。その緊張感と技術的な補強が、当時のスペックをはるかに超えた記録に結びついたのであろう。
科学特捜隊員制服の「オレンジ色」はまさにカラー対応の最たるものだが、今回のHD化では、流星バッジが輝く通信シーンで生地の繊維まで見えるようになった。着ている役者の人間としての存在感が、色彩とディテールの相互作用で立体的になっている。
『ウルトラマン』は「光」を化学変化で記録するフィルム撮影で制作されていた。その場合、照明の光量で映像のパワーが決まる。だから失敗を避けるために、ステージではかなり多めにライトを当てていたはずだ。それは現存するスチル写真の鮮度から推察がつく。
すべてが原点、すべてが最高のバージョンアップ
奥の奥で記録された
マスターネガ情報を再現
さらに怪獣も実にカラフルに仕上げられている。特に初期作品には「カラー化」を強く意識した怪獣が多い。クチビルはピンクに塗られ、イエローのワンポイントを置いて存在感を高めるなど、実にさまざまな工夫を凝らして配色されていた。一部、光沢をあたえるために太刀魚の粉末を混入した塗料で仕上げられた怪獣もあったという。また金属のボタンなど裁縫用品を取りつけられた怪獣もあったりするので、そうした細やかな質感の違いも判別つくようになったため、1話ずつの怪獣造型検証も心ゆくまでできる。
検証と言えば、ウルトラマンのスーツ造型は、これまでAタイプ、Bタイプ、Cタイプと3種とされてきた。だが、これも「大別」に過ぎない。たとえば手の部分は手術用のゴム手袋を取りつけ、銀色のスプレーを吹いていたというが、痛んだら捨てて交換したからには、全話が違う手袋なのだ。
格闘すればスーツにも痛みが生じるので、破れやヒビ割れも回によって違うし、塗装も毎回メンテナンスした形跡がある。Bタイプは目のクリアパーツを何度か作り直しているし、Aタイプは柔らかいラテックス製のマスクのため、顔とのフィット具合が毎回変わっていて、それが微妙な表情の変化にも見えていた。こうした回ごとの差異は、HD化でさらに顕著になるはずだ。
すべてが原点、すべてが最高のバージョンアップ
奥の奥で記録された
マスターネガ情報を再現
本当はウルトラマンのスーツは「全39タイプ」でなければならない。彼の戦歴を追う一歩深い研究も、このブルーレイ化をきっかけに可能となった。実に快挙である。
一方で、これは「夢の装置」としての「映画」であるということにも慎重な配慮がなされていて、非常に好感がもてる。フィルムグレイン(粒子感)をノイズとして取り去ることも可能だが、ツルツルになり過ぎると世界観への没入を損なうため、鑑賞の妨害とならない程度に残している。それでいて素材の再現性も高めるという調整は、きわめて難しいバランスの作業であるが、良い印象に落ちついていると思った。
こうした配慮を積み重ねることで、まるで役者や怪獣がすぐ側にいる「距離の近さ」が醸し出されたというわけだ。結果として、「ウルトラマンや怪獣宇宙人のいる空想世界」へ、今まで以上にすんなり入り込める。それが今回のブルーレイにおける最大のアドバンテージであろう。
細心の注意をもって隅々まで調整を徹底することで、作り手の「魂」もまた、一段と近くなったと感じられる。多くのクリエイターが惜しくも他界された今、それが何よりも嬉しいことである。
原点中の原点、『ウルトラマン』の世界は本当に奥が深い。その深さをまた一歩進めて認識させてくれた、今回のブルーレイ化。
全39話に記録された世界の奥深くへ、ふたたび探検できることを実に喜ばしく感じている。