【インタビュー】満田かずほ <監督> 1

 

今回のインタビューは、1967年「ウルトラセブン」のメイン監督として活躍された満田監督。セブン時代の撮影話しをお聞きしました。

 

【略歴紹介】
満田かずほ<監督/KAZUHO MITSUTA>
長崎県出身 1937年生まれ。
TBSでのADを経て、1964年に円谷プロへ入社。「ウルトラQ」で監督デビュー。
「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「快獣ブースカ」「怪奇大作戦」「戦え!マイティジャック」「ミラーマン」「恐怖劇場アンバランス」など。数多くの特撮作品をてがけた。

ウルトラセブン放送開始50年記念展の「モロボシ・ダンの名をかりて」が無事、京都高島屋にて立ち上がりました。ありがとうございます。

京都は行けなかったですが、3万5千人の方々が来場していただけたと聞いて、嬉しいですね。
当時の方々だけではなく、若い人や小さなお子様まで来てくれたようで、皆さんがウルトラセブンを好きでいてくれて、当時の制作者の一人としては、50年たってあらためて感謝申し上げたいですね。

Q.50年たっても変わらないセブンの魅力とは、どのように思われますか?

そうね。当時は一生懸命作っていた。円谷英二監督の厳しい目もあったからね。
持論なんだけど、物語が面白くないと、どうしようもないと思うんだよね。それは今でも変わらない。ドラマは脚本が9割占めてますよ。 キャスティングや特撮で派手にしても同じ。 話が面白くなきゃ。 そういう意味では金城(哲夫)はじめ、セブンのライターは優秀だったと思います。魅力の一つに脚本があったと思いますよ。

Q.今回の展示はセブンの仮の姿であるモロボシ・ダンを中心に展開しているのですが、主役の森次さんの当時の印象はどうでしたか?

ダンはハヤタと違って人間の姿になっている宇宙人という設定。
森次ちゃんが、主役にキャスティングされてから、国際放映で撮影をしていた「天下の青年」を覗きに行ったんだ。モロボシ・ダンのイメージとしては、好青年っぽくて良いんじゃないのって思ったね。
森次ちゃんは一年間を通じて素直にやってくれましたよ。台本通り演じてくれるから。芝居っぽくなく、サラリとやってくれたという印象があるね。 番組が始まった当初はダンの超能力が発揮されるシーンもあるんだけど、自分はあまり取り入れなかった。何でも出来ちゃうと面白くないじゃない。もっとダンの人間味などを表現したかったんだよね。

Q.前作の『ウルトラマン』とは方向性も変わり、新しい試みが多くあったように思われます。監督も色々なチャレンジをされましたよね?

とにかく「ウルトラマン」は撮影が追いつけなくて止めたわけだから。 セブンでは、ウルトラマンで学習したことを生かしたりしたよね。 少し余裕は出てきたから、欲も出てきたと思う。 チャレンジは常にしていたんだけど、とにかく時間との戦いだったからね。 週一回の放送に間に合わせないといけないから。

よくその頃の他作品の話を聞かれるんだけど 「マグマ大使」も「キャプテンウルトラ」も「ジャイアントロボ」なども、当時はオンエアーしか観れないので、殆ど知らなかった。観る暇もなかったしね。 ウルトラマン終わって、直ぐにセブンの準備にかかったから。
基地のシーンとか、ウルトラホークの発進シーンとか、結構撮りだめした。 一部セブンで使わなかった基地カットを「戦え!マイティジャック」で使用したりしたね。
割合に当時はね。使いそこなったのを別で使う感覚があったよね。 M87星雲だったのが、印刷の間違いで78星雲になって「まぁいいか」ってことで、87はヒドラが登場する、「恐怖のルート87」でサブタイトルに使かったりした。 ウルトラQの前のタイトルだったアンバランスも、ウルトラマンの仮名のレッドマンも、後に番組タイトルとして活用しているんだよね。 発想をムダにしないという空気はあった
 

次回は、ダンとアンヌの撮影にまつわる話、第3回は最終回にまつわるお話をお届けいたします。(全3回)

【インタビュー】満田かずほ <監督> 2

 

今回のインタビューは、1967年「ウルトラセブン」のメイン監督として活躍された満田監督。セブン時代の撮影話しをお聞きしました。

 

【略歴紹介】
満田かずほ<監督/KAZUHO MITSUTA>
長崎県出身 1937年生まれ。
TBSでのADを経て、1964年に円谷プロへ入社。「ウルトラQ」で監督デビュー。
「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「快獣ブースカ」「怪奇大作戦」「戦え!マイティジャック」「ミラーマン」「恐怖劇場アンバランス」など。数多くの特撮作品をてがけた。

ウルトラセブン放送開始50年記念展の「モロボシ・ダンの名をかりて」が無事、京都高島屋にて立ち上がりました。ありがとうございます。

京都は行けなかったですが、3万5千人の方々が来場していただけたと聞いて、嬉しいですね。
当時の方々だけではなく、若い人や小さなお子様まで来てくれたようで、皆さんがウルトラセブンを好きでいてくれて、当時の制作者の一人としては、50年たってあらためて感謝申し上げたいですね。

Q.ダンとアンヌの設定を生かしたのは満田監督でした。二人を呼び出して特訓をしたとか?

そんな特訓なんかしてないですよ。 「ダーク・ゾーン」(制作NO3)の時に、早めにスタジオへ入ってもらって、セットステージ(アンヌの部屋)にある常夜灯を点けて、三人でダンとアンヌの立ち稽古をつけたの。 まだ二人とも最初の方だったから。でも、その日はセブンの撮影入って、初めて残業がない日になった(笑) 後に二人から、他にも2~3度あったと言われたんだけど、私は「ダークゾーン」しか覚えていないんだよね(笑)
ダンとアンヌの仄かな恋愛関係は、セブンの企画書を読んだ時に、そう書いてあるので、分かったというレベル。 折角ならそれを生かそうという意識はあったんだけど、他の監督はあんまりやっていない。勝手に進んじゃっている(笑)
作家も、そういう雰囲気なモノは、金城ぐらいしか書いてないんじゃないかなぁ?

Q.アンヌ隊員の当時の印象はどうでしたか?

ひし美ゆりこは、アンヌ役に決っていた豊浦美子さんという女優がNGになり、東宝から代わりに来たので、良いも悪いもなかった。 キャスティングには口をはさんでなかったしね。 隊員服も豊浦サイズだから、少し小さいんだよね。それがボディラインを強調することになり、結果オーライだった(笑)
アンヌは、ニキビ顔だったんで、アップも撮りにくかったけど、ビジュアルは良かった。 彼女も演技は素直にやってくれましたよ。自然体だった。 (芝居を)作ってなかったんじゃないの?アンヌとひし美ゆり子は一緒だったもん(笑)

Q.セブンは多彩なストーリーが特徴でもあります。ご自身が携わった作品も含めて監督がお好きな作品はありますか?

今となっては全てですね。全話素晴らしいと思っていますよ。
薩摩次郎との経緯なんて、後で作られたものなので、企画の段階では縦線はなかった。
「地底GO!GO!GO!」の台本を読んで「あぁそういうことだったの?モデルがいたんだ」ってね。 モロボシ・ダンの名をかりてのタイトル通り、名前だけを借りていると思っていたから(笑) でも結果的にはそのストーリーで良かったと思う。
「ノンマルトの使者」は、人間が地球の侵略者だったかも分からないってことだよね。 その侵略者だった人間をセブンは守ったのか? そこでセブンの悩みがある。 そうだったかもしれない…答えを明かさないことは脚本家の金城も最初から考えていたんじゃないかな。
 

次回は、最終回にまつわるお話をお届けいたします。(全3回)

【インタビュー】満田かずほ <監督> 3

 

今回のインタビューは、1967年「ウルトラセブン」のメイン監督として活躍された満田監督。セブン時代の撮影話しをお聞きしました。

 

【略歴紹介】
満田かずほ<監督/KAZUHO MITSUTA>
長崎県出身 1937年生まれ。
TBSでのADを経て、1964年に円谷プロへ入社。「ウルトラQ」で監督デビュー。
「ウルトラマン」「ウルトラセブン」「快獣ブースカ」「怪奇大作戦」「戦え!マイティジャック」「ミラーマン」「恐怖劇場アンバランス」など。数多くの特撮作品をてがけた。

やはりセブンといえば最終回を抜きには語れません。まさに満田監督の代表作です。

『ウルトラマン』も『ウルトラセブン』も、それぞれ別の作品として、一つの区切りだと思っていたので、 もう本当に最後だと思ったからね。 火薬は残り全部を使ってもらった(笑)
合成の中野稔ちゃんとは親しかったから、最終回以外でも、色々とやってもらった。 予算的には一話につき、何カットという制限があったけどね。
最終回のソガ隊員とクラタ隊長のやり取りから、ダンのビデオシーバーへ代わるカットや、ダンの瞳に映るセブン上司のカットなど、上手くやってくれた。 何でもやるからって言ってくれてね。合成をする上で撮影する条件は多かったけど、良いカットがあがったと思っていますよ

今回の展示会の最後にも最終回のコーナーがあります。ダンとアンヌの別れ、クライマックスと見応え充分。多くの来場者が喜ばれていました。

嬉しいですね。最終回を撮るにあたって、女性の長い髪は風にふかれると何かを語るんじゃないかと思っていてね。 演出などで使いたかったから、いきなり長い髪の毛もおかしいので、アンヌの髪をノンマルトあたりから、ウイッグという設定でも良いじゃないかと、長くしてもらったんだよね。
切り落とし効果を狙ったのが、ダンが自身の正体をあかす時。 異空間というイメージ。 銀紙をデコボコにしてパネルに貼って、ライトを当てて、キラキラするように助監督達に後ろからパネルを叩いてもらってね。 当時はアフレコだったので、音を気にしてなかったから。 宇宙人に正体をあかされ、アンヌにどんなリアクションをさせるか、自分でも決めかねていたので、シルエットにしたということもあるんだよね。 その時に髪が風にふかれる。 母の様に優しく相手を包んであげるという、そんなイメージをアンヌには持たせたかった。

Q.最終回は音楽にも力を入れられましたね?

結果として、最終回のあの場面はクラシックになってしまった。 今までに使ってない楽曲を欲しかったんだけど、最終回になると当然、残ってないわけ。 楽曲はシーンを連想できるから、今までのBGMではない方向に持っていきたかった。 当然、新録する予算もない。 それで楽曲担当の冬木さんに相談したら、俺の伝えかたが悪かったんだよね。 グリークのつもりが、ラフマニノフって言っちゃったんだよね。
そしたら冬木さんが聞いて、これは違うだろう、多分監督はこんなことを考えているのだろうと思って、持ってきたのがシューマンだったわけ。

最終回のラストシーンも非常に印象的でした。

ダンがアキオくんの家に行ってから、最後までは、時間軸で云うと夜から朝方だから、ラストシーンは朝もやの設定なんだけど、実際は夕暮れに撮ってね。 スモーク炊きすぎて現像したら映りが悪くて、もう一回撮らせてもらったんだ。 リテイクしたんだよね。
セブンの人物のラストカットは、アマギ隊員がカプセルに捕らわれているシーンで、作品のラストカットは小道具をいくつか撮ったね。
因みにアキオくんの家は、荻窪にロケセットで貸してくれる一戸建ての家があってね。 そこで小池宅のシーンを撮った。 照明部に小池さんというスタッフがいたから名前を借りて(笑)
アキオくんの秘密基地へ行くシーンで、野球中継が流れるのは、平和の象徴として考えたかなぁ。
時間軸だよね。 ゴース星人の侵略が始まる前の人々の安堵というかね

Q.ヒーロー番組として完成度の高い最終回を作られたわけですが、当時の反響はいかがでしたか?

もう次の作品のことを考えてたよね。
1979年『ザ☆ウルトラマン』をTBSとやるようになって、当時のTBS担当プロデューサーが「満田監督とやれるのはいいなぁ~って息子が言うんだよ。 セブンは特撮モノで最高のシリーズ。 特に最終回が良いんだ~ 」って言われてね。 へぇ~そうなんだって思ったことがある。 評価があがったのは、レンタルビデオが普及されてからかなぁ。

ウルトラセブンをこれから観る人、幼児時代以来、久々に観る人。 色々な方が展示会にも来られると思いますが、監督からメッセージを頂いても宜しいでしょうか?

50年たっても新しく感じてもらえると思う。とにかく面白いものを作りたいと、スタッフもキャストも一生懸命作った結果です。 当時はみんな必死で作っていた。 未来の話だから、古臭さを感じないようにね。 出来れば50年たった作品ではなく、新番組の感覚で観てもらえると嬉しい。
まぁ悔しいのはウルトラ警備隊の基地の電話がダイヤルだってこと。 プッシュフォンやスマホなんて誰も思いつかなかった。 ビデオシーバーのような画期的なメカもありながら、電話はダイヤルだからね(笑)
でも、50年たっても愛されている作品になっているということは、本当に嬉しい。ファンには感謝しかありません。 展示会を通じて、次世代の子供たちへもセブンの魅力が伝わって貰えれば幸いです。

 

終(全3回)

【インタビュー】秋廣泰生 <ライター> 1

 

今回のインタビューは、構成や映像編集で展示会に関わったスタッフの一人。ライターの秋廣泰生さん。京都高島屋の会場を観られた様子もお聞きしました。

 

【略歴紹介】
秋廣泰生<ライター/YASUO AKIHIRO>
鹿児島県出身 1967年生まれ。
1980年代後半より、円谷プロ作品の原稿執筆、映像編集、設定制作、演出などを行う。
『バラサでブースカ』『ウルトラマンボーイのウルころ』『ウルトラ情報局』構成・演出、平成ウルトラセブンシリーズでは全作で選曲を担当他。。

Q.子供の頃、ウルトラセブンはご覧になっていましたか?

ウルトラセブンの特撮班が作品の準備を始めた頃に生まれているので、実は僕も今年、50周年でして(笑)
所謂、再放送世代ですよ。
毎年、夏休みに地元の鹿児島にあるホテルで、ウルトラマンのイベントがあって、どちらかというと、幼児時代はイベントへ行った思い出が強いですね。特にセブンは鹿児島では、あまり再放送されていなくて、高校三年の時に久しぶりに観たら、凄いと思いましたね。
子供の頃に見た順番はウルトラマンレオの方が先なので、個人的にはモロボシ・ダン隊長の方が印象が強いんですよ(笑)
その後にセブンを観たから、モロボシ・ダンは、なんて純粋な青年なんだと思えるんです。それを追っかけていくと、ぺダン星人との価値観の相違のやり取りや、マゼラン星人マヤとの心の葛藤があって、最終回のダンとアンヌの別れになるわけでしょう。人間として、どんどん成長していった、その先にダン隊長がある。
〈モロボシ・ダン サーガ〉というべきものが出来ているわけで、展示会の企画を聞いた時、これに関わらなくてどうするって感じでしたよね(笑)

Q.いつ頃から、特撮に関わる仕事をされたのですか?

高校を卒業してから、最初は映像の専門学校へ行って、映像の制作を目指していたんですよ。 当時、ある機会があり、円谷の方と知り合いました。その方が僕が通っていた専門学校の出身者だったんです。
その頃は、レーザーディスクが出始めた頃で、封入の解説書の制作を手伝うことになったのが、切っ掛けですね。
その後、満田さん(監督)の仕事なども一緒にやらせてもらったりして、映像製作にも関わりました。

Q.ライターとしても多くの取材をされたと思うのですが、立場が変わって改めて『ウルトラセブン』という作品は、どうように感じられましたか?

『ウルトラQ』のモノクロから、カラー化を決意し、そこへ魅力あるヒーローと防衛隊を設定したのが『ウルトラマン』。それを更にステップアップしたのが『ウルトラセブン』。スタッフの成長がまさに作品に生かされたと言われていますよね。
自分も実際に取材をして、「撮影や演出の技法、段取り等もこなれてきた」という当時のスタッフからの声を聞いています。そういう意味では、Q、マンの頃、手探りだったのが、セブンは新しいことに貪欲になって挑戦した、そんな若いスタッフの汗の結晶が、ウルトラセブンという作品なんですよ。
表向きは怪獣もの、ヒーローものなんですが、空想の世界だからこそ、人間ドラマを描けるんじゃないかと思った人が何人もいた、ということが凄いです。色々な才能が集まる環境が円谷プロにあったんですね。
また、その頃は、国内で学生運動が激化していたり、ベトナム戦争等の世情不安もあった時代。そんな空気も敏感に取り入れて、作り上げている一体感も、作品の質に表れていますね。
ドラマが良く出来ているということだけではなく、セブンがヒーローとしてカッコ良いという演出面も見逃せません。甲冑系のヒーローといえば、今でも人気ありますけど、セブンは先駆けですよ。50年前にデザインされている凄さがあります。
どんな時代でも、子供が新ヒーローから入ってもセブンに目がいくのは、そのカッコ良さが伝わるからではないでしょうか。

 

つづく(全3回)

【インタビュー】秋廣泰生 <ライター> 2

 

今回のインタビューは、構成や映像編集で展示会に関わったスタッフの一人。ライターの秋廣泰生さん。のパート2です。

 

【略歴紹介】
秋廣泰生<ライター/YASUO AKIHIRO>
鹿児島県出身 1967年生まれ。
1980年代後半より、円谷プロ作品の原稿執筆、映像編集、設定制作、演出などを行う。
『バラサでブースカ』『ウルトラマンボーイのウルころ』『ウルトラ情報局』構成・演出、平成ウルトラセブンシリーズでは全作で選曲を担当他。。

Q.好きなウルトラセブンの作品をあげるとしたら?

…そうですね。
「ウルトラ警備隊西へ」の後編が一番ですかね。
ダンと、ぺダン星人が化けている偽者のドロシー・アンダーソンの会話。あれを小学生の頃に観た時に、あのシーンで語られていることが凄いなと思いました。
作品全体は娯楽編として楽しめるテイストなんだけど、そういう話の根幹に宇宙人側の論理がはっきりと押し出され、しかも地球人に非があったことを正義のヒーローが認めてしまうというシチュエーション。 他人との価値観の違い。これが幼心に突き刺さりましたね。
また、別の意味では、最終回も子供の頃に観て衝撃的だったことを覚えています。
その時点で僕が知っているウルトラマンの最終回って、帰マン、エース、タロウ、レオ。それはそれで、みんな感動的だったけど、次元が違いましたね。ダンの物語の最終回になっていた。

Q.今回、企画を構成していく中で、一番考えたこととかは、ありますか?

僕が参加した頃は骨組みが出来ていたので、それを更に進化させていく、集中させていく、そんなことを考えました。
当時の若いスタッフは何のために汗を流し、骨身を削ったかというと、ドラマをきちんと作ろうと。ドラマを作れば人間を描ける。その人間像の代表であるモロボシ・ダンを通じて、伝えたかったことがあるはず。
確かにダンをはじめ登場人物は、架空の人物だし、架空の世界観であるんだけれども、そこに出てくるのは紛れもなく人間なのであって、ウルトラセブンのダンもM78星雲人であるんだけど、地球人として人間として行動している…。そんな話をしながら、スタッフたちと意見を交わしましたね。
ただ、作品だけを紹介するのではなく、今生きている我々にも問われることがあるのではないか? 例えば…50年もたって、今見たら、時代のギャップ感があってもおかしくないのに、ウルトラセブンという作品にはそれがない。寧ろ、昨日、今日に作られた様なテーマを持った作品が、数多くある。
そういう意味では、日本なり世界なりが、あの頃から変わっていない、という見方もできる。そんな寂しさもあるけど、人間の普遍的なものを詰め込んだからこそ「ウルトラセブン」が今でも成立していて、高い評価があると思います。
つまり、人間は変わらなければならないことと、変わらなくていいこと。そんなことを展示会でも突き詰められたら、面白いとかね。
時間的なことや予算的なことがどうしてもあるけど、スタッフと話をしているのは、この展覧会がどんどん進化していきたいと思っているんですね。
大阪、横浜と続きますが、もっともっと続けたい。もっともっと、皆さんからも意見も聞きたい。共感したい。
先ずは京都が立ちあがりましたが、少しずつプラスアルファしていきたいですね。
50年という節目の年にセブンのイベントに関わらせて貰えることは、凄く光栄で嬉しいことです。

 

次回は、ついに展示会の感想をつづります。 つづく(全3回)

【インタビュー】秋廣泰生 <ライター> 3

 

今回のインタビューは、構成や映像編集で展示会に関わったスタッフの一人。ライターの秋廣泰生さんのパート3です。

 

【略歴紹介】
秋廣泰生<ライター/YASUO AKIHIRO>
鹿児島県出身 1967年生まれ。
1980年代後半より、円谷プロ作品の原稿執筆、映像編集、設定制作、演出などを行う。
『バラサでブースカ』『ウルトラマンボーイのウルころ』『ウルトラ情報局』構成・演出、平成ウルトラセブンシリーズでは全作で選曲を担当他。。

Q.秋廣さんも関わった本展。 実際に京都会場へ行かれたようですが、場内の様子は、どんな印象でしたか?

…そうですね。
先ずは会期を通じて、予想の倍の人数が動員されたと聞いて、ホッとしています。
僕は会期終了の1日前、5月7日に行きました。
入口をしばらく観察していたんですが、実際、まさに老若男女の方々が全く切れ目無く、入場されていて、その勢いは、ちょっと圧倒される程でしたね。
最初に登場するのはカプセル怪獣の3体で、小窓から、中にいる彼らを覗き込む、まさにカプセル仕様の趣向でしたから、お客さんの反応も面白かったですね。敢えて覗き込むからこそ、みなさん驚かれたりとか冷静に捉えたりとか、感想の開きが大きいんです。
それとポインターの大きさとカッコ良さは、事前に図面で分かっていても、実際観たら予想以上に反応がありましたね。
そこから足を進めると、怪獣や宇宙人の立像や半身のオブジェがある中で、劇中同様、宙に浮いたイメージを再現したクール星人への反応もあった。形の面白さと、お客さんを見下ろす “上から目線” は、注目の的でした。
それからゴドラ星人の立像は、何故かみなさんを強く惹き付けた様で…あの目力あってでしょうか? しばらくじっと留まる方が目立っていましたね。
全体的には『ウルトラセブン』の人気や注目度の高さを感じましたが、今回、面白いなと思ったのが、展示されているエレキングを見て「 (ウルトラマン) エックスに出てきた怪獣だ!」と、ひと際大きな声をあげた男の子を見掛けたんです。なるほど、後のシリーズも、レジェンドな怪獣を知る機会になっているんだなと思いました。
一方で、子供の頃にウルトラセブンに親しんだであろう大人の方々は、パネルの文章を熱心に読まれていましたね。書いた当人としては、嬉しくある一方、緊張する瞬間です(笑)。ただ、一枚のパネルの中の要素が多くて、文字が小さくなってしまったものは、少し敬遠されている印象があり、これは再考の余地ありと感じました。
中学生・高校生男子の方々だと、今どきのSFとの表現の違いを感じている様でした。 例えば「盗まれたウルトラ・アイ」の映像展示コーナーで、ダンとマヤは口を開かずテレパシーで対話しますが、これは現在ではあまり一般的な表現では無いと。『昔のSFはテレパシーで喋りがちやな』という声は、ちょっとしたカルチャーショックでした。ゲームやアニメの影響かなと思いますが、なるほど、今はしっかり対話する描写が多い。これは改めて気付かされた作劇のポイントでしたね。
こんな風にいろんな捉え方が出来るのも、『ウルトラセブン』という作品の奥深さだし、同時に、ここから派生した要素や、歴史の中で語られたり支持されるのも、50年というキャリアを持つ『ウルトラセブン』ならではという印象を受けました。

Q.今回はウルトラセブン対メトロン星人の大ジオラマがメインの一つでした。様子はいかがでした?

通路が開けて、突如特撮セットさながらの広さと再現度のエリアが現れるレイアウトは、新鮮な驚きがありました。
セブンやメトロンをバックにお子さんを立たせ、スマホやケータイを向ける親御さんが多かったですね。そんな様子をずっと見ていると、展示物としての質の高さもさりながら、こういうスタイルも、ある種の参加型アトラクションかもしれないなと思いました。
ジオラマは完成度が高く、色々と物語りがあることに気づいたファンも多かったのではないでしょうか。
また、最終回のジオラマも多くの方が足を運んでくれました。クライマックスの展開に合わせて、ジオラマ上のダンとアンヌ、セブン、パンドンという具合に、次々にスポットライトが当たっていく趣向でしたが、ここは小さなお子さんの方が光に対する反応が早かった様な気がします。そして、ワンテンポ遅れて大人の方々も気が付くのですが、ミニチュアとは言え、モニター上の平面の映像とは違う “実物” ですからね。より実感的でハッとなる方もいらっしゃいました。

Q.それでは最後に、全体を締め括っての印象をお聞かせください。

改めて、ウルトラセブンを受け入れていらっしゃる方々の層の厚さと、親愛の深さを肌で感じました。また、個人的には、立体物によるキャラクター展示に、これらの橋渡しになっていく人間ドラマを担う文字、そして映像展示というバランスは、今後の展示イベントを考える上での大きな試金石になりました。
多角的に、ウルトラの世界観を楽しんでいただける事が一番だなと。ここで見たり聞いたり感じたりした、たくさんの方々の反応を、次の機会にもぜひ活かしていきたいなと思いますので、関係者は公式ホームページにある、セブンGO!GO!GO!を要チェックですね。

 

終(全3回)

次回は、どなたが登場するか?お楽しみに。

【インタビュー】森次晃嗣 <俳優> 1

 

今回のインタビューは、モロボシ・ダンを演じ続ける男、俳優・森次晃嗣さん。京都高島屋にて行われた開会式後にお話をうかがいました。

 

【略歴紹介】
森次晃嗣<俳優/KOUJI MORITSUGU>
北海道出身。1943年生まれ。
1965年、テレビドラマ『青春をぶっつけろ』で俳優デビュー。
1967年、『ウルトラセブン』で初主演を飾る。以降、半世紀にわたって映画、テレビドラマ、舞台、CMなどで幅広く活躍。
今春に公開された『劇場版ウルトラマンオ―ブ 絆の力、おかりします!』にモロボシ・ダン役で出演。

Q.今回の展示会にいらっしゃる方々に、どういったこところを楽しんで頂きたいですか?

今までウルトラセブン展は多くやっているけど、今回はモロボシ・ダンにスポットを当てたんでね。その世界観で観て欲しいですね。宇宙人モロボシ・ダンがどうだったのか?改めて見直ししてほしい。宇宙人と人間のドラマがウルトラセブンなので。
ここまでモロボシ・ダンを掘り下げた企画は、初めてだから嬉しいですよ。当時にかえった気になりました。
やはり一番は、セブンとメトロン星人のジオラマでしょうね。 非常に素晴らしい。完成度は高いですよ。
あの頃はね。作り上げたジオラマを一話、一話、壊しちゃ作っての繰り返し。撮影班が汗を流して作品を支えてくれました。今はグリーンバックのCGが多い中、当時はこれぐらいのジオラマをセットに組んで、毎回撮影していたんですから。凄いことをやってたんですよ。

Q.モロボシ・ダン役は、デビューから間もなくのオファーだったとうかがったのですが?

そうですね。「天下の青年」という青春ドラマをやっている頃に、円谷プロのスタッフが観に来ていたらしい。「誰を観に来ているんだろう」と気にしていたら、僕を観に来ていたんですね。
それまでに色々とキャスティングであったんだろうけど、東宝さんの流れとしては、当時の人ではいなかったんでしょう

ね。今までの「ウルトラQ」「ウルトラマン」は東宝俳優の流れで来ていましたから。
それで円谷プロへ連れて行かされて、円谷英二さんとか一(はじめ)さんとか居た中で、何の文句もなく、「いいんじゃないか」ということで走り出したんですよ。

Q.『ウルトラQ』や『ウルトラマン』は、ご覧になられていたのでしょうか?

正直言って、当時は観てなかったですね。
ただ、科特隊のユニフォームを観て…「ちょっと恥ずかしいなぁ」とは思いましたね。 隊長役の中山昭二さんも、ユニフォームには意見を言って「あの、オレンジの隊員服は、どうにかならないのか?」って(笑)
それで出来たのが、あの斬新なデザインの警備隊のユニフォームです。 色々な経緯があって出来あがったウルトラ警備隊の隊員服ですから、如何にカッコよく着るかっていう意識に変わりましたよね。

Q.『ウルトラセブン』の終了後も、森次さんは幅広い役で活躍されておられました。特に時代劇の撮影では、よく京都にも通われたとうかがいました。

一年間、『ウルトラセブン』に出演してきて、特撮ヒーロー番組は暫くいいだろうと思っていました。同じようなオファーは色々と頂いたんですよ。
でも、役者的に云えば色々な役をこなしていくのが基本だと思っていましたから。ホームドラマとかも出演しましたね。それから色々とやり続けて、20代後半ぐらいに時代劇もやりたいなぁと思い、京都で時代劇をやらせてもらったんです。
京都は3年間、太秦に住んでいたことがありましたから。自転車に乗って、浴衣着て、大映とか京都映画と東映とかも行き来してました。それぐらい仕事しましたね。時代劇は嫌いじゃなかったから、出来たんでしょうけどね。

つづく・・・
次回は「その後のウルトラマンシリーズ出演」や「ダンは、アンヌの事が好きだったのでしょうか?」などをお伺いいたします。(全2回)

【インタビュー】森次晃嗣 <俳優> 2

 

今回のインタビューは、モロボシ・ダンを演じ続ける男、俳優・森次晃嗣さん。京都高島屋にて行われた開会式後にうかがったお話の後編です。

 

【略歴紹介】
森次晃嗣<俳優/KOUJI MORITSUGU>
北海道出身。1943年生まれ。
1965年、テレビドラマ『青春をぶっつけろ』で俳優デビュー。
1967年、『ウルトラセブン』で初主演を飾る。以降、半世紀にわたって映画、テレビドラマ、舞台、CMなどで幅広く活躍。
今春に公開された『劇場版ウルトラマンオ―ブ 絆の力、おかりします!』にモロボシ・ダン役で出演。

Q.その後のウルトラマンシリーズでも、ウルトラセブンの存在が必要になり、森次さんの出演も増えましたね?

今回のオ―ブも突然ですね。ウルトラマンの映画は何本もやっているんですけど、また声をかけて頂いて光栄ですよ。モロボシ・ダンの役だったら、嫌だって言えないから(笑)
役者・森次晃嗣としては、こちらの縦線で、モロボシ・ダンという役はリアルタイムから、やりつづけているんでね。モロボシ・ダンの役と共に、大人になっていった森次晃嗣がいるんで。
※『劇場版ウルトラマンオ―ブ 絆の力、おかりします!』(2017)

Q.さて、改めて今回の展示会ですが、モロボシ・ダンの目線を大事にしたものになっています。

そうですね。宇宙人のダンが回を重ねていく度に、だんだんと人間になっていく。そのダンの心の変化が感じとれると思います。まさに脚本の力でしょうね。
そして、最終回がウルトラセブンのドラマとしての最高傑作だと思います。
アンヌが淡い恋心をダンに持っているという設定に拘って撮り続けてくれた満田監督が、最終回を撮ったのが大きい。それを書いた脚本家の金城さんもね。
あの告白の台詞をキリヤマ隊長に言ってもね、「ダン、そうだったのか。うん、わかった」って感じだと思うんですよ(笑)
アンヌだから良かったんですね。衝撃的でしょ?人間だと思っていたのに、宇宙人・ウルトラセブンなんだから。
そんなダンの生き様を感じとってくれたら嬉しいです。

Q.ダンは、アンヌの事が好きだったのでしょうか?森次さんはどの様に思われますか?

それは感覚的に多少の意識はあったんでしょうね。ただ宇宙人だから、人間を愛することなんてタブーでしょうね。世界が違うわけだから。それは何処か心の隅にあったのではないでしょうか。淡い心を知りながらね。
宇宙人でありながら人間と宇宙人の狭間の中で悩むダン。そういうのは結構好きだった。
アンヌは当時20歳で、可愛かったですよ。スタッフのみんなも目線はアンヌにいってたし。僕はひいてたけどね(笑)あんまり仲良くすると、地が出るから。普段からそういう意識で作っていかないと、明るさと暗さのギャップが、なかなか出ないのではないかと思いましたね。
今でもレギュラーメンバーと会うとアンヌは「ダ~ン」って言いますよ。一年間やってきた仲間だから、お互いに役名で声をかける時もありますよ。

Q.最後に『ウルトラセブン』という作品を振り返って、現在、どの様に思われるでしょうか?

森次晃嗣より、モロボシ・ダンの方が知れわたっていて、ダンのイメージが強いことに抵抗を感じていた時期もありましたが、今となっては財産だと思っています。
渥美清さんが言ってましたけど、役者の名前よりも演じた役柄の名前を覚えられているというのは、役者にとって素晴らしいことだと。それを実感できるには時間がかかりましたが、今でも「ダン」と言われることが嬉しいですし、良い作品に出会えたと思っています。

 

終(全2回)

【インタビュー】山本健二 <プランナー>

【略歴紹介】
山本健二 KENJI YAMAMOTO
和歌山県出身。1960年生まれ。
「キャプテン翼原画展」「Pingu fun!fun! tour」「鉄腕アトム Perfect Search展」「ゴジラ50周年・東宝特撮ワールド展」「ポケットモンスターDPチャレンジフィールド」他展示会のプランニングを務める。
円谷プロイベントでも「ウルトラマンフェスティバル」「円谷英二特撮の軌跡展」を始め、多くの催事プランナーとしての実績がある。

Q.今の仕事に就く切っ掛けは?

最初はグラフィックデザイン会社に勤務していましたね。 主にカタログやCIのデザインをしていましたが、年に数回東京・大阪・名古屋で開催される「工作機械のビジネスショー」で企業ブースデザインをすることになったことが、今の仕事に繋がるスタートでした。
数年後、イベント企画制作会社に転職。
20年ほど前、アイメッセ山梨のオープン記念で開催された「地球博」にプランナーとして参加しました。 子どもからシニア層に至るまで、来場者にわかりやすく知ってもらうため、様々な模型やジオラマ、グラフィックでその世界観を工夫・演出しました。 その結果、来場者の表情を見て、苦労が報われたんですよ。
作り上げた実感や感動もありましたが、見ていただく方が共感したり、笑顔になってもらえるようなプランニングをすることこそが、自分がやりたかった仕事だったんだろうなと、今思えばその時はじめてプランナーという仕事を強く意識したのを覚えています。
ウルトラマンでもスタイルは変わりません。好きな方も、知らない方も、会場で一体になれる。それが目指すところですね。

Q.今回の企画を聞いたときは如何でしたか?

ウルトラセブンは、今までにも何回か企画をしてきましたが、切り口が「モロボシ・ダン」というのは斬新で正直驚きました。そんな手があったのか・・・と。
セブンのコアファンは多く、50周年もあって注目を浴びることは予想されますが、その分、過去企画の塗り直しだけだと新しさがないので、どんな企画が良いだろうと思案していましたが、今回の企画を聞いたときに「なんか、面白いことが出来るかも?」とワクワクしましたね。

つづく・・・(全3回)

【インタビュー】山本健二 <プランナー> 2

【略歴紹介】
山本健二 KENJI YAMAMOTO
和歌山県出身。1960年生まれ。
「キャプテン翼原画展」「Pingu fun!fun! tour」「鉄腕アトム Perfect Search展」「ゴジラ50周年・東宝特撮ワールド展」「ポケットモンスターDPチャレンジフィールド」他展示会のプランニングを務める。
円谷プロイベントでも「ウルトラマンフェスティバル」「円谷英二特撮の軌跡展」を始め、多くの催事プランナーとしての実績がある。

Q.子供の頃「ウルトラセブン」は観てましたか?

ウルトラQ、ウルトラマンとリアルタイムにTVで見ていました。ウルトラマンごっこも夢中でやっていた記憶があります。
そこに、「ウルトラセブン」です
活躍するウルトラ警備隊の隊員は、ユニフォームがカッコ良く、憧れを持って見ていた覚えがあります。そのなかでもモロボシ・ダンがスマートで一番カッコ良かったですよね。
今回は、一人の男として、自分だったら・・・?
自らを省みず、地球のため、地球人を守るため、傷ついても愛する人を守るためにモロボシ・ダンと同じ行動がとれるだろうか?
そんなモロボシ・ダンの気持ち、悩み、恋心(?)を、あらためて深く考えるようになりました。

Q.本展のメインとなるコーナーを教えてください。

ウルトラセブンの中でも人気が高い「狙われた街」の大ジオラマが、今回の目玉の一つです。
このシーンは情景事態が、古い町並みがあり、工場があり、川もあり、夕陽をバックに戦っているという印象が強いですよね。インパクトがあります。
この作品は自分も思入れがあります。和歌山に住んでいた子供の頃に、赤い結晶体を使って、人間を狂わせるという8話を観て、物凄く怖かったんですね。サスペンス的な、他の作品と違うという感じを受けました。
夕陽のセットもオレンジ一色で綺麗でしたしね。子供心に色々な要素がつまっていて怖いけど、ワクワクした、そんな印象があります。
再放送も当時は多くて、ウルトラセブンほど観れば観るほど印象が変わった作品はありません。子供心なりに大人の世界を感じたんでしょうかね。キャラクターというより、場面の印象が濃いんですよ。
なので、円谷スタッフとジオラマの話をした時に、8話を作ることに関しては大賛成でしたね。尊敬している池谷仙克さんが当時、作られたセットですし、自分でもやりたいと思っていましたから。
製作してくれたマーブリングさんと背景画を描いて頂いた島倉二千六さんには感謝しかありません。
いつも、作品を観ていない人でも分かりやすく、ということに関しても気をつけています。
今回は特撮の魅力を伝えると云う意味ではなく、モロボシ・ダンという青年がいたんだという世界観を大切にしようと考えました。なので、ダンを身近に感じてもらおうと工夫しています。

つづく・・・(全3回)

【インタビュー】山本健二 <プランナー> 3

【略歴紹介】
山本健二 KENJI YAMAMOTO
和歌山県出身。1960年生まれ。
「キャプテン翼原画展」「Pingu fun!fun! tour」「鉄腕アトム Perfect Search展」「ゴジラ50周年・東宝特撮ワールド展」「ポケットモンスターDPチャレンジフィールド」他展示会のプランニングを務める。
円谷プロイベントでも「ウルトラマンフェスティバル」「円谷英二特撮の軌跡展」を始め、多くの催事プランナーとしての実績がある。

Q.地球防衛軍秘密基地のイメージ画を描くことになったと伺いましたが?

子どもの頃から、とにかく秘密基地が好きでした。“秘密基地”という言葉も大好きだったんです。小学生時代を自然豊かな田舎で過ごしていたので、友人とよく連れだって近くの山に行って“秘密基地”を勝手に作り、お菓子や玩具を持ち込んで毎週末遊んでいました。
ウルトラ警備隊が存在する地球防衛軍秘密基地は、とにかくメカニックがカッコ良かったですよね。地下からウルトラホーク1号が、突然山の頂上が開いてあらわれる発射台からカッコ良く発進していくシーンに感動したことを、今でも鮮明に覚えています。ホーク1号のみならず、2号、3号、マグマライザー等々いろいろなスーパーメカがこの秘密基地で待機していて、緊急時には発進していく・・・。
そんな少年たち憧れの秘密基地はどこにあるんだろう?どうやら富士山の麓らしい、秘密基地なのに秘密をばらす少年誌には解説付きで「秘密基地の全貌!があきらかに」とイラストをどきどきしながら自分も読んでいました。
そんな自分が、今回の企画展の展示物として「秘密基地の内部」イメージ画を描くことになるなんて嬉しいです。
まぁ、どちらかというと円谷さんに、描かせてくれって頼んだんですけどね(笑)
お客様がこの絵を見て、いろいろな想像をして夢を持ってくれたらと思います。

Q.他にこだわったところとか、苦労されたことはありますか?

全てが苦労ですよ(笑)
今までは事実をどう見せようとか、貴重なモノがあるから、こう見せようとかを考えていた展示会が多い中、架空の人物の魅力をどう伝えていくかと、苦労することは多いけど、想像する楽しさがありましたね。
セブン企画も過去に各記念年で、色々とやっているのですが、今までとは違う演出方法や切口を変えた表現を意識して、スタッフと作っています。
今回、作品を見直して、特に台詞を意識しましたね。そこには脚本家の思いがありますし、それがダンを通じて見えてくるという。
自分が一番好きな作品は、怪獣が一切登場しない「盗まれたウルトラ・アイ」。今回、ピックアップした作品の一つです。 流石に劇中のスナック・ノアのセットを再現するまでには至っていませんが、作品のキーになるジュークボックスや、スナックで演奏しているジ・エコーズ(セブンの主題歌などを歌ったグループ)と同じタイプの楽器も飾っています。僕の拘りですね(笑)
ほんのイメージコーナーなんですけど、マヤがそこにいるような、そんな雰囲気を作ろうとスタッフと考えました。
あとは、ダンとアンヌの爽やかな関係にも触れています。その伏線が最終回に現れていますしね。

Q.来場される方々へメッセージをお願いできますか??

何処のコーナーにもモロボシ・ダンを感じられると思うので、ダンの純粋な愛、真っ直ぐで、悪い者は悪いという、そんな気持ちを感じて頂き、来場者の皆さんが、ダンの様な純粋な気持ちになって帰ってくれたら嬉しいですね。
展示会もベースは一緒ですが、これからも細かいところを変えていきますので、何回でも、どの場所でも、ご来場頂けたらと思います。

 

終(全3回)

次回は、どなたが登場するか?お楽しみに。